小松弘子のブログ

やさしいエッセー

作曲とユーチューブ

 

 作曲教室に通ってから早や一年半が過ぎた。それまでの月日を振り帰ってみると悪戦苦闘の連続だった。自分のオリジナルの唄を将来作ってみたいと思っていたのは事実である。しかし、作曲に関することは何にも知らない自分を思うと、あくまでも夢だったのに、偶然にもこの世界を体験できたのである。本当に嬉しかったし、教えて頂いた先生に心から感謝している。

 今はまだ、歌作りは未熟でヨチヨチ歩きながら、いつかは良い作品を残したいと思っている。友人や家族の協力を得て、二〇一六年三月からパソコンのユーチューブに自分の唄を入れた。こんなにたやすくユーチューブに入れられたので本当に驚いた。良い思い出になった。

入会した当初、教室の生徒たちはみんなピアノが堪能で、それぞれに自分の音楽の世界を持っていた。  

 ピアノが弾けないのは私だけだった。あーやっぱり無理かもしれない。このまま帰ろうか。でも教室の雰囲気は楽しそうだった。私は続けることに決めた。何でもやってみよう! 

 教室に通って二回目の時だった。        

「あなたも私と一緒に、何か一曲作りましょう」   

先生の明るい声に、私は心臓がドキドキして目で 

うなずいた。もしもピアノが弾けたなら、大きな声で返事をしただろうに。

「あのー、私ピアノが弾けないんです!」

 他の人はピアノが弾けて、自分でも作曲を手掛けているみたいだった。

「大丈夫、大丈夫ですよ。ピアノが弾けなくても作曲は出来るようになりますよ」

 本当かしら? 半信半疑だった。

「どの詞に曲をつけましょうか」

 先生は、私の二枚の詞に目を通して問いかけた。

「『真夜中の最終便』にします」

 私は咄嗟に答えてしまった。あーとんでもないことを言ったような気がした。何の知識もないことは百も承知だ。曲作りが自分には出来ないし、頭が真っ白になった。

 この詞は四年くらい前に作ったものである。息子たちと和歌山県の温泉に行った帰りに、関西空港に立ち寄り、ビデオカメラをまわした。夜の

国際空港は色々な飛行機が飛び交って国際色豊かな独特の風景だ。飛行場の広さと、そこに集まるロビーの人の波。あまりにも多い旅行客や見送る人のざわめきに圧倒されそうになった。

 人それぞれ、さまざまな事情を秘めて年末年始の慌ただしい時期に海外に出発してゆくのだ。楽しい旅行かもしれないし、この詞のように失恋の旅立ちかもしれない。

そっとロビーの陰で佇む女性の後ろ姿を目にした。やっぱり浮かれた人ばかりではないことを知った。

 そして帰宅して、すぐに詞にしたのである。

 二年後、先生のアドバイスに助けられて二回の講習で曲が完成した。

「よかったね。ピアノで一緒に歌ってみましょう」

「有難うございます」

私は心の中で歌をかみしめた。イメージ通りの曲が出来上がった。感動して泣きそうになった。先生も目を潤ませて喜んで下さった。

 それから一年後、作曲教室を休むことなく続けられた。勿論、先生の助けがあればこそだ。

「明日は作曲教室の日なのに、お母さん、詞は出来てるの?」

 テレビを見ている私に、呆れ顔で息子がたしなめた。

「明日の朝、早く起きて作るからいいの」

面倒くさそうな私の返事に何かブツブツ言って二階へ上がった。

案の定あくる朝、寝坊をしてしまったのだ。

まるで漫画のサザエさん、そっくりだ。

そこで詞のタイトルを思いついた。(私のあだなはサザエさん)……。あわてんぼうの私にピッタリだ。

次の講座の時に詞を作り、曲を作ることが出来た。この時も先生が愉快で楽しい音符を考えて下さったお陰で、曲が完成したのだ。

 

「真夜中の最終便」

 

  1. 星が降るよな デッキに立てば

冷たく光る 滑走路

倖せにするの 約束も

二度とないのね お別れね…

あなたの温もり 欲しいのに

二人を引き裂く 最終便

 

  1. 涙こらえて 旅立つ 私忘れはしないわ 忘れない一緒に 行きたい もう遅い
  2. 思い出 遠のく ターミナル
  3. 好きな 貴方と さよならね…
  4. ロビーの窓に 写る面影
  5. 冬の夜空も 国際線のあなたの 言葉 信じても強がり女の 振りをする
  6. 未練が 消せない 最終便
  7. 心 変わりが 許せない…
  8. テールランプも 泣いている

 

 

この唄を含め自分の作品を、毎日のように子守唄代わりに聴いたり、息子に作ってもらった。ビデオを見たりしているのである。

 私がユーチューブを知ったのは、一年前の春、桜が満開の日曜日だった。近所に住む次男夫婦が家に遊びに来た。お嫁さんはパソコンが得意な人で、美人で気立てが良く、いつも新しい情報を持ってきてくれる。

「チョットだけこのテープ聴いて欲しいの」

私は、自分の作ったもう一つの曲である「花のように」を次男夫婦に聴いてもらった。

「へえーすごいな、とても良い曲やな。ホントに自分で作曲したん?」

次男は、あまり信用していないようだった。

「じゃあ、私がスマホでユーチューブにお義母さんの唄を載せましょう。今からコスモスの丘で映像を撮りますから」

 おとなしそうな嫁の頼もしさに感心した。なかなかやるわね、私よりすごいな。

 二日後、パソコンのユーチューブに唄が流れた。  本当にありがとう。忙しいのに完成させてもらい感謝していますよ。

その頃から私達の家族の絆が、より深まったのは確かである。

 今も時々は一緒に食事に行ったり、新しい曲の動画を作りに旅をすることもある。

 いつまでも仲良く楽しい時間を過ごせたらと、つくづく思っている。