小松弘子のブログ

やさしいエッセー

イカナゴ騒動

 早春のすがすがしい空のもと、今日も私は、浮き浮きした気分で、体操教室に足を運んだ。

教室の前で何やら騒々しい声がした。足を速めてその輪の中に入った。

「ねえ、ねえ。今朝のテレビのニュース、見た?」

「見たわよ。まったく、すごいよね。今年のイカナゴの値段、なんと、一キロが四千二百円もするのよ」

「本当にビックリだわ。もう今年のイカナゴくぎ煮はヤメよ!」

「本当、ほんと。私もお友達に毎年送っていたけど、こんなに高値がついて、今年は黙って送らないことにするわ」

「私も、兄弟にも親戚にも送らないことにするわ」

あっちでもこっちでも、その話で持ち切りだ。

私も今朝のテレビでイカナゴが不漁で最高値で始まった事にショックを受けた。主婦はみんな、残念で仕方がないと思っている。とにかく、今年の最高値にウンザリだ。

イカナゴくぎ煮作りは春の主婦の楽しみだったのに、こんな高値では手も出ない。一年の自慢の腕の見せ所でもあるのだ。例年なら一キロ千五百円位なのに、全く腹も立つ。友人とか親戚に喜んでもらえる顔が見たくて、何十年も送り続けている人も多い。最近はデパートやスーパーでも贈り物の花形の商品になっているのだ。今年は、一般の家庭でくぎ煮を作るのは減ってしまうだろう。

「でもね、いつも送っている親戚から先にみかんを頂いたから、そうもいかないし……。困ってしまうわ。どうしたらいいのかしら」

「あら! 答えは簡単よ! 今年から送ることやめたらいいのよ」

「本当のところ、先方もくぎ煮が好物かどうかわからないでしょ。お互いにくぎ煮の季節になると疲れてくるのよ」

五キロもイカナゴを炊くと、部屋中が魚臭いし、家族の者から嫌がられる。

くぎ煮はとても美味しいけれど、調理は手間がかかり、毎年頭を悩ますのである。

「そうね。いくらこのあたりの名物だからと言って、イカナゴごときでもう市場に惑わされたくないわ」

「他にも美味しいもの、沢山あるしね」

日本人は外人から見ると、イエス、ノーの表現が曖昧で、何を考えているのかわからない人種らしい。最近の若人はともかく、私達の年代はあてはまっているのかもしれない。これからはできるだけ自分の意志で、言葉にして相手に伝えなければいけないと思う。

体操の始まる時刻になり、イカナゴの騒動は一段落したが、何か割り切れない気持ちだった。

ここ二年前位から高値になったので、近所でもイカナゴを炊く家が減少している。あのくぎ煮のにおいが庶民の家から消えつつあるのが現実だ。その内商品化されて、誰も炊くことを忘れる時代になると思う……。

たかがイカナゴ、されどイカナゴ

ああ、今年もイカナゴ食べたいなあー。