小松弘子のブログ

やさしいエッセー

夕凪に見た、砂山、一つ

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 昨年からコロナ禍の影響で、時々憂鬱な日がある。どうも世界中、珍しくない現象らしいので少しは安心かも…。日常は近くの公園などへ行こう、と心がけているが、習慣には至っていない。近頃はマスク姿の人ばかりで、たまにご近所の人だと分かると、時折声をかけることもある。しかしながら、お互いに顔を認識しづらい時が多々ある。その瞬間は、お互いに笑いながらも、なるべく避けるようにしている。

 最近は特に友人達との接点も、意識的に減らしている。普段よく電話をかけていた友人との連絡までが、おっくうになる傾向が続いている。このままでは意に反して、もっと世間が狭くなりそうだと反省している。

 さて、たまには郊外の風景などを、気分転換に楽しむのも素敵だと考えている。あと何年、元気で過ごせるのか不安になる日もあるが、まあ、考えてみても仕方がない。結論は 「日々、精一杯今を生きること」 に尽きるだろう。

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 休日の今朝も、梅雨の中休みで朝から青空が広がっていた。午前中に買い物などを済ませた後、夕暮れの 「須磨の海」 を見たいと思った。

 そういえば四年ほど前に、四国高知県足摺岬へ、夕陽を見に行ったことがあった。簡単に行けると考えていた 「足摺岬」 は、予想していたより、とてつもなく遠うかったことを思い出す。

 朝早く出発したものの、足摺岬まで約七時間も費やした。途中で他の場所に立ち寄ったりしたので、結局のところ待望の 「足摺岬」 に、到着できたのは午後五時を過ぎてしまった。季節が秋の十月で、日の入りが早く少し焦った。

 しかも、途中で交通事故の渋滞に巻き込まれてしまったのだ。車のスピードを上げたが、空の色は容赦なく薄暗く変わっていった。

「ああ、日没まであと十分間しかないわ。何とか間に合ってほしい!」 

皆も祈る気持ちで一杯だった。

「まだ日没まで二分位あるから、ひょっとしたら夕陽を見られるかもね…」

 しかしながら、結局のところ時遅し…。真っ赤な夕陽はとっくに沈んだ後だった。

「ああ、もうちょっと早く到着していたら、見られたものを…」 

あの時は本当に悔しい思いをしたものだ。

 ふと、四年前の嫌な予感が頭をよぎった。私はその苦い経験を思い出したので、もしやと思い息子達に尋ねた。

「ねえ、「足摺岬」 の時は失敗だったけれど、今日は絶対に大丈夫よね?」

「うん、今回は時間的に大丈夫だと思うよ」

 と、言ったので、私はおおいに安心した。

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 ところが、…である。どうしたことか、息子が言うには、

「わあ、日没の時間を間違えたみたいだ」

「エエッツ、嘘でしょう? 外はまだこんなに明るいじゃない。確か日の入りの時間は、未だの筈よ!」

 私はがっかりして、腰が砕けそうになった。

「ごめん、ごめん。どうも時間を勘違いしたようだなあ」

「まあ、本当にあきれるわ! 今日こそは日の入りが見られると、期待していたのよ」 

 腹が立ったが、もう諦めるしかない。仕方がないので気分転換のために、砂浜に向かって歩くことにした。遠くで行き交う船を眺めていたら、少し落ち着いてきた。息子はスマホで松林の景色を、撮りに行ったようだ。

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 しばらくして私だけが、波打ち際の方へ向かった。日没後だというのに浜辺はいつまでも明るかった。砂浜を歩きながら、意味もなく小さな貝殻を拾った。さざ波を見詰めていると、なぜか海水に手を濡らしたくなった。やはり手にかかった水は、まだ冷たいが心地良かった。f:id:komatsuhiroko:20210624202042j:plain

「ああー、もうすぐ本格的な夏がやってくるのだ」

 その時、浜辺から今風の音楽が聞こえだした。すぐ近くで数人の若者が、カセットをかけて夕暮れの須磨の海を楽しんでいたのだ。いつもなら、あまり分からない音楽と、お喋りだが不思議に元気をくれたので救われた気分だった。

 やっぱり若いって良いなあ…。未来が楽しくてしょうがないと思える世代なのだ。羨ましい限りだ。

 久しぶりの夕凪の浜辺は、昔以上に美しいと思った。ふと下を見た瞬間、波に消されそうな一つの砂山を発見した。他にも残ってないかなあ、とまわりを見回したが、一つだけ残った砂山だと分かった。

「わあ、懐かしい光景だわ! きっと子供達が作ったのだわ。波にさらわれないように、この砂山を残したい。昔の私と同じ思いで…」

 と、宝物を見つけたように、思わずその場にしゃがんだ。

「アッツ、気を付けないと靴が濡れてしまうよ」

 一緒に来た友人の声がした。

「海水だから濡れても平気よ。冷たくてとても気持ち良いもの」

 友人は呆れて言った。

「車のシートが汚れるよ!」 

「ああ、そうだったわね。ごめんなさい」

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 この意外な展開になり、私は夕陽を見に来たことをすっかり忘れてしまっていた。しかしながら、この小さな砂山を見て、童心に帰ったことが何よりも嬉しかった。

「でも、もう何分か経てば、波に消されていく運命の砂山…。たった一つだけ残されたけれど、思い出は儚いものね…」

 しかしながら、明日の朝には何人かの子供達が、もっと大きな砂山を沢山作るだろうなあ…。

 やがてその子供達も大人になり、今の私と同じ気持ちで海と遊ぶだろうか…。

 

2021/06/22 #107