小松弘子のブログ

やさしいエッセー

NHKのど自慢大会予選はがき届く

十月四日、のど自慢大会の予選発表の日である。午後三時を過ぎても結果通知のはがきが届いていなかった。おかしいな……。もうそろそろ通知のはがきが家に届いてもよいはずなのに……。一日千秋の思いだった。まさか自分がのど自慢大会のことで、こんなに気をもむとは思っていなかった。本当は心のどこかで予選出場を強く望んでいたのだ。夕方までポストを何度も覗いたが、届いていなかった。

「何かの都合で、はがきが遅れているのかもしれない」 と自分の都合のよいように解釈することにした。けれど、もやもやした気持ちが治まったわけではなかった。

その日の夕方は歌のレッスンがあった。私は憂鬱な気持ちを誰かに打ち明けてみたかった。のど自慢大会に応募した人はどうなのだろう。教室に着いてからレッスンが始まるまでに、のど自慢大会の歌をうたってみた。まあまあの仕上がりだった。先生の奥さんがおられたので、

「ほら、このあいだ皆で川西ダリア園へ行きたい、とおっしゃっていたでしょ。天気もよさそうだし、明日の土曜日に皆で行きませんか?」

「ダリア園に行くお話だったわね。初めてなので是非行きたいわ。明日、主人も私も何も予定がないので大丈夫だと思うわ」

 ということで、歌の先生ご夫妻と歌の仲間の四人で、兵庫県川西市にある 黒川「ダリア園」 に行く約束をした。皆はとても楽しみにしていたけれど、私はまだ届かないはがきの件で、その夜は熟睡できなかった。

次の朝は行楽シーズンの真っ盛りで晴天だった。会社が休みだった息子が家にいたので、

「あのー、今から皆で川西市のダリア園へ出かけるの。ちょっとだけ頼みごとがあるの。実はね、今日のど自慢大会の予選結果のはがきが来ると思うの。もし当選していたらすぐに電話で知らせてほしいの。落選だったら帰るまで絶対に知らせないでね」

「いいよ、分かった。そうするよ」

あーあー、やれやれ。これでひと安心して出かけられそうだ。今日は予選結果のことは忘れて、思い切り余暇を楽しむ方が良い、と自分に言い聞かせ出かけることにした。

川西市ダリア園へ行くのは三度目である。開園して四年目らしいが、今年は種類も増えて千株くらい植えられていると聞いた。午前九時に車で出発し、途中で新名神の宝塚インターチェンジで休憩した。新しいタイプのこの場所の雰囲気は素敵であった。そこから三十分くらいでダリア園に着いた。

昨年と同様、多種多様のダリアが見事に咲いていた。どれもこれも普通の花より大きく、中には直径が三十センチくらいのものもあった。「宇宙」という名前がつけられた黒っぽいダリアだった。今まで見たことのない種類で、他にもたくさんの種類があった。澄みきった秋空のもと、皆でワイワイ言いながら二時間くらい花を観賞した。ダリアの花に囲まれ雑談などをしていたら、いつの間にかもやもやした気持ちが和らいだ。やっぱりここに来てよかった。

束の間、はがきのことを忘れていたが、ふと息子からの電話がないことに気がついた。あっという間に楽しい時間が過ぎ、時計は午後二時を過ぎていた。まだ息子からの電話がないことで、少し気になり始めた。私はのど自慢大会の結果発表のことは、皆に内緒だったので落ち着かないでいた。 

「もうそろそろ帰りましょうか?」 と私は皆に言った。家に帰って早く落ち着きたいと思ったからだ。

「でもね、せっかく遠くまで来たのだから宝塚市方面にある、もう一軒のダリア園に立ち寄ろうよ」

 と誰かが言ったので結局皆で行くことになった。川西市を出発して三十分くらいで目的地の宝塚ダリア園に着いた。遠くからダリア園を眺めたが、花は小さくて全体に地味な感じだった。

車から降りた先生ともう一人の男性は、広い畑を見まわしながら少し期待外れの顔をした。

「うーん、さっき見てきた花と違ってずいぶん小さいみたいやなあ」

「そうやなあ。前のところで沢山ダリアを撮ったから、僕も花を見なくていいわ」

あっさり言った。入園料を払ったのに、もっと早く言ってよ。いつの間にか二人の姿が見えなくなった。

園に入ってから分かったのだが、ここは花の鑑賞だけでなく、有料でダリアの花を好きなだけ持って帰られるというのだ。私は花が好きなので急に嬉しくなり、はがきのことはすっかり忘れていた。

「ダリアの花を買えるなんて最高ね。さあ畑に行って花を摘みましょうよ!」

奥さんと二人で鋏を借りて畑に向かって走った。

どの花も川西市ダリア園のものよりずっと小さかった。畑のダリアはつぼみが多く、二人とも一瞬立ち止まってしまった。

「ちょっと花が小さいわね。どうしますか?」

奥さんは小さくても全然かまわないわ、と言ってどんどん畑の奥の方まで進んでいった。初めは確かに見劣りしていたが、精一杯に咲いている花を見ていると、だんだん気持ちが変わっていった。不思議に小さな花が可愛く思えた。

「普通のダリアはこのくらいなのよ。家庭用の切り花には、丁度良い大きさだと思うわ。先に大きな花を見たものだから、男性達は敬遠したのよね」

奥さんがそばで言っているのが理解できた。私はいつの間にか時間のたつのも忘れて、ダリアの花を十五本も採っていた。どの花もとても新鮮で美しかった。ここで花を買えて本当に良かった。来年もきっとここに来てダリアを見たり、採ったりしたいと思った。一段落してから、私は隠れて時計を見た。午後三時を回っていた。まだ息子からの電話がない。遅いなあ……。まだ家にはがきが届いていないのか? それとも落選なのか。

充分にダリア園を楽しんだ後、遅い昼食を摂ることになった。レストランに着いたのは四時だった。皆で店に着き、食事をしていたら、突然私の携帯が鳴った。もしや息子からかもしれない。私はすぐさま携帯をとった。

「もしもし……。あのね……」

息子の声が小さくて良く聞こえなかった。私は思わず座席を立ち上がってしまった。

「もしもし、もっと大きな声で言ってちょうだい! で、結果発表はどうだったの?」

「はがきに予選出場の番号が載っているけど……。曲名がサン・トワ・マミー。 一一三番と書いてあるよ」

「えっ、えっえー、本当! 知らせてくれて有難う。家に帰ってからもう一度見てみるわ」

どうしよう。心臓がドキドキと高鳴ってきた。 ひょっとして本当に予選出場に当選したのだろうか?

電話を切ってからも半信半疑だった。