コスモスの里へ
秋に咲く花の中でも、最も代表的な草花といえばコスモスをあげたい。私の大好きな花の一つである。毎年花を見たり、摘んだりするのを楽しみにしてきた。ある日曜日の朝のことだった。
「お母さん、おはよう。今朝の新聞にコスモスが見ごろを迎えたらしいと、ほら、写真に出ているよ」
休日で、朝ゆっくり目に起きてきた息子が教えてくれた。ボーっとテレビを見ていた私は、
「エエッツ、本当! 嬉しいわ。見に行きたいわ。ちょっとその新聞を見せてくれる?」
と言って早速その新聞を受け取った。新聞の写真には、ピンク色のコスモスが畑一面に咲き誇っていた。五年前に友人から聞いたコスモス畑だ。兵庫県ではコスモスの名所であり人気がある。
場所は兵庫県加古川市志方町の広い農地である。畑全体に二十万本位がぎっしりと咲いているのだ。
「わあー、とっても見事な咲き方だわ。それにコスモスの色がいつもより濃いみたいだし、予想以上に満開みたいやね。今日、行かないとすぐに散ってしまったら後悔しそうだわ。」
一分間ほど写真と睨めっこした。澄み切った青空に、コスモスがそよ風に揺れて 「早く花を見に来て」 と、誘っている感じだった。特に最近はコロナ禍のせいもあり、新聞で紹介されると、すぐ見物客で会場が一杯になる傾向がある。
さて見物に行くのなら、早く家を出発しないと、渋滞に巻き込まれる可能性が大だ。そうだ。一刻も早く出発しなくては…。今年は絶対に旬の花を見たい。
思い出せば昨年の秋も、コスモスを探して廻った。しかしながら、どこへ行っても花が例年より小さくて、名所といえども花数が少なく期待外れだった。
ある時コスモス園を運営されている人に、花の少なさについて尋ねてみた。
「ウーン、植物類の生育は気候に左右されますね。今季は夏が暑すぎて、全国的に花のツキが悪かったようですね。残念やけれど、どこもこの通り小さくて数も少なめですが、仕方がないですね」
おじさんの声が一層淋しく聞こえた。
「そうだったのですね。一生懸命に手入れをされていたのに、本当に残念で辛かったですねえ」
「ええ、気候だけは誰のせいでもないですからね…。また懲りずにコスモスの里へ来て下さいね」
毎年コスモスを楽しみにしていたので、お互いの気持ちが痛いほど分かったものだった。
車窓から昨年のことを思い出しながら、遠くの田んぼを見ていた。コスモスの里へ近づくにつれ、だんだん渋滞してきた。ふとナンバープレートを見て驚いた。他県の車が続々と連なっているではないか。
「わあー、コスモスを見るのに、こんな渋滞は初めてだわ。早く駐車場が見つからないと…」
と、だんだんと焦ってきた。
渋滞から三十分位経って、やっとコスモスを見ることができそうな雰囲気になった。後で分かったが、混雑の理由はコスモス祭り開催日だったからなのだ。
ともかく私は車から降りて、皆より早く畑に辿り着くことにした。会場で花摘み用の鋏を借りた。花はなんと二百円で、二十本も買えるのだ。四百円を払い大きな花束にしようと意気込んだ。できるだけ蕾のある枝を摘もうとした。しかしながら、あまりにも広い畑中に、花があり過ぎて目移りばかりした。辺り一面にコスモスの香りが漂っていた。
ああ、良い香りだ。ところが困ったことに土が和らかくて、思うように目的の花が摘めなかった。それでもせっかく来たのだと気を取り直した。何とか一時間かけて四十本の花を摘んだ。今年はすごく花びらが大きくて八センチ位だった。またどの花も美しくて立派だった。ここで花を収穫できて嬉しく思った。
帰り際、係の人に借りていた鋏を返し、コスモスの本数を数えていると、
「お客さん、花の数は数えなくて良いですよ。そのまま持って帰って結構です」
と、声をかけられた。
「どうもありがとう」
と、周りを見渡すと、誰も思い思いに花を束にして持ち帰っているようだった。
「エエッツ、挟代金込みで花二十本二百円は何のことだったの? 私は花が欲しかったので、不要の鋏を借りて四百円支払ったのに…。」
ちょっと疑問が残ったが、大好きなコスモスを摘むことが出来たと思うと、すぐ機嫌が直った。私の周りにはワイワイと楽しそうに花摘みに興じたり、熱心に写真を撮っている人の姿が多かった。皆コロナ禍を忘れたかのように、自然の中でのびのびと、久々の休日を楽しんでいた。私達もやっと、外出を許された喜びにホッとして過ごせた。
素晴らしい自然は、何物にも代えがたいと思った。
2020/10/30 #86