小松弘子のブログ

やさしいエッセー

同窓会と私

 今までに同窓会に出席したのは小学校二回、高校が二回である。多分これ以上出席の回数は増えないと思っている。まあ、長い人生の一日を普段と違う気持ちで過ごせたら、という単純な気持ちで出席してきた。

 会に出席してみると、忘れかけていた懐かしい人に出会えたり、さまざまな情報を教えてもらったりする。やはり来てよかったと思うこともある。とにかく参加することに意義があるかなと最近は感じる。また幹事などを経験すれば、なお一層感慨深い楽しみを味わえるだろう。

一昨年に引き続き昨年二度目の高校生の同窓会に出席した。その日はあいにく台風で朝から風が強く、雨に降られながら朝早くから会場に入った。二時間も早めに受付を済ませたのは、総会後の懇親会で自分の曲を歌える時間をもらっていたからだ。

私が懇親会で歌わせてもらうのは、会長さんや幹事の人達の好意だと思っている。幹事さんから歌ってみてはとお話が合った時、少し厚かましいと遠慮した。しかし二年前の同窓会案内書で一年後に母校が廃校になることを知り、何か思い出を残したいとお受けさせてもらった。正直言って嬉しいとも思った。

近年の少子化で神戸市の商業高校二校が余儀なく併行され、一つの新しい学校となる。当然のこと校舎も名前も消えてゆく運命だ。緑の丘の上に建つ懐かしい校舎が、近いうちに解体されることを知った時は本当に残念だった。学校の名前が消える前に、どうしても一度だけ校舎を見ておきたかったのだ。

次の日、五十年ぶりの二年四組の教室を訪れた。昔のままの姿があった。やはり来てよかった。しかし教室の中には入れなかった。窓からよく見ると机やクロスは古ぼけたままで、誰もいない教室は寂しい。色々な思いが駆け巡ったが、数分後誰かの声がしたので現実に引き戻された。本当に残念な気持ちになったが仕方がない。

校庭に目をやると野球部員らしい男子生徒が、コーチと共に練習をしていた。

「すみません、ちょっとだけお聞きしてもいいですか」

コーチの先生がニッコリうなずいてくれた。

「まだ学校はそのままみたいですが、校庭を見てもいいですか? 」

「どうぞ、もう教室は全部使用していません。僕たちも野球の練習にしか使っていないです。兵庫区に新校舎が完成してそこで授業をしています。ついでに新校舎も見られたらいいですよ」

 最後まで親切に応対してもらい新住所まで教えくれた。私は亡くなった先生を思い出した。先生も野球部のコーチだったから……。

 

同窓会の日になった。恒例の総会が終わり膝を交えての懇親会の時間に入った。自分の歌を披露させてもらうのは食事中らしかった。

私は待機している間ドキドキしながら、食事どころではなかった。やっぱり歌うのを遠慮させてもらった方が良かったと思ったりしていた。

テーブル席を見渡しても友と呼べる親しい人はいなかった。私の隣の女性と男性、三人とも初対面だった。当然のこと三人ともお互いにすまし顔をしていた。数分後、私の前の男性がにこやかな顔をして隣の女性を見ているようだった。そして相手の名札を確認できると小さな声で話しかけた。

「失礼ですが、八期生の山田さんの奥さんではないでしょうか」

「はい、そうですが……」

おとなしそうな女性の静かな声が聞かれた。

「やあ。やはりそうでしたか。僕は河合です。同期の山田君とは一番仲が良かったのです。ここで奥さんに会えて本当に良かったです。彼元気に暮らしていますか。ずっと前から気になっていたのです」

「まあー、河合さん初めまして。昔から河合さんのことはよく聞いていましたから名前だけは存じていましたの」

その男性と女性のご主人が同級生であり、高校生時代は仲の良い友達同士だったが、何十年も音信不通になっていたらしい。どちらかが引っ越しをしてから、お互いに自然に遠のいたのだ。よくあるパターンだ。今日の懇親会で偶然にそのことが分かり、いっぺんに親しく会話が弾んでいた。二人は嬉しそうに十分くらい近況を語り合って楽しそうだった。卒業して何十年も過ぎているのに、その会話がまるで昨日のことのように聞えた。そしてこの機会に男同士でお酒でも飲みに行くみたいな結末になった。本当に良い話になり良かったと思った。

それからしばらくして、その男性が小さな楽器を二つ布袋から出しているのが見えた。懇親会で何か演奏を披露してくれるのだと思ったので声をかけた。

「あのー、その楽器で何か音楽を聴かせて頂けるのでしょうか? 」

 私はその小さな楽器が写真で見たことがあるケーナだと思った。作曲教室で一緒の方のご主人が、プロのケーナ奏者と聞いていた。それまでケーナという楽器は全く知らないでいた。南米ペルー辺りで発達した笛の種類だと聞いた。確か昔に『コンドルは飛んでいく』という音楽でケーナが一躍有名になったはずだ。

「それはケーナという楽器ですか? 」

「ええ、ケーナです。まだ習っている段階です。今日懇親会で披露できたらと思ったのですが、今日は台風接近になり時間的に演奏は無理ですね。もうすぐこの会もお開きになるかもしれないですね。早めに帰らないと交通手段に困りますね」

「台風で本当に残念ですね。出席の皆さんもケーナの音楽を聴きたかったのに……。現在はどこで習っているのですか? 」

 私はこの方の先生を知りたかったので訊ねてみようと思った。すぐにその方が一枚の音楽会のチラシを鞄から出してきた。

「昨日ここで練習してきたのです。明石市にレッスン場があり、このメンバーの一人に教わっています。本当に楽しいので一度見に来てください」

「有難う。実は知人でケーナ奏者のご主人の方がおられたので、ひょっとしたらご存知かなと思ってお尋ねしたのです」

私が紙切れに名前を書くと

「あー、その方のお名前は良く存じていますよ。僕は直接に習っていませんが有名な先生です。何回かコンサートで演奏を聴いたことがありますよ」

 まさかここでケーナの話が盛り上がるとは思いもしなかった。懇親会でケーナの音を聴きかったが、とうとう演奏されずじまいだった。その方は残念そうに鞄にケーナをしまいこんだ。

 それからしばらくして幹事の人が

「今から前で歌ってもらいますから準備をしてくださいね」

「はい、でも台風が近づいているみたいだし中止でもいいですよ」

「いえいえ、中止だなんて。皆楽しみにしているので、さあ歌って、時間がもったいないからすぐにね」

 一曲目は全員で歌うピンキーとキラーズの「恋の季節」を選んだ。今日の参加者のリクエストが一番多かったからだ。歌に使う黒の帽子二十個を皆に手渡した。帽子を被ると一気に会場が騒がしくなり、いつの間にか台風の話題が消えた。帽子は借りたものだが、歌にピッタリでとてもムードが盛り上がった。台風のことなど忘れ青春時代に戻ったみたいに歌って終った。来年度から併設される他校の先生やピーテーエイの方々も初めはビックリしていたが、にこやかな表情に変わった。

 私はこのあたりで懇親会が終わったら良いと思っていたが、最後に自分のオリジナル曲と校歌を皆で一緒に歌うことになった。何とかスムーズに終わりほっとした。

 台風が近づいているというのに、帰る人は最後まで誰もいなかった。廊下で他校の何人かが私に声をかけてくれた。嬉しかった。もう少しの間だけでも人生を楽しみたいと思った。