大晦日から元旦にかけて
今年も 「大晦日」 を迎える時期がやってきた。いつもながら忙しいだけの日々を送るのだろうと思っている。誰でも今年こそは、のんびりと楽しい時間を過ごしたいと願うのだが、結局のところ無理であると悟るのだ。
いつになったら余裕のある年末が来るのだろう?
気持ちの持ち方かもしれないが、特に年を摂ると、その先にあるせっかくの 「お正月」 が、嬉しくもあり、そうでない年もある。
若かった頃はそのしんどさは微塵も無かったものだ。ところが、今では恐怖の 「大晦日」 と 「お正月」 に、なりつつあるのだ。ほんにできることなら歳は摂りたくないが…。
今年も相変わらず、また 「おせちつくり」 や、大掃除で足腰が痛くなった。ああ、ああ、いっそのこと、「お正月」 など消えてしまえばよいと思ったりした。こんな悩みを持つ人の多さよ…。と言って、新年を気持ちよく迎えられないことは悲劇でもある。もし、何か予期せぬ不孝に襲われたら、呑気に 「お正月」 気分を味わえない。
まあ、そう思えばつつがなく新年を皆で過ごせれば、本当に有難いと感謝すべきなのかも…。結局のところ人生は、何事も良い方に考えた方が幸せなのだ。万事なるようになるのだから…。
そして元旦を迎えた。長男とお雑煮を祝い、昨晩出来上がったばかりの、手作りおせちに舌包みをするのである。やっと出来上がったおせちを、感慨深く眺めていると、
「なかなか上手く調理できたね。とても美味しいよ」と、息子が褒めてくれた。その言葉がとても嬉しかった。今までに本心かどうかなど、疑ったことはない。不思議に一年の疲れが、すっかり消えたように感じた。
その日の午後、近くに住む次男家族が、年始の挨拶に顔を見せてくれた。
「おめでとうございます。昨年はいろいろお世話になり、ほんまに有難うね。何もお手伝いできなくて…」
次男の本当に申し訳なさそうな、いつもの挨拶に、
「おめでとう。こちらこそありがとう。本年もよろしくね」
と、答えるのが習慣になっている。次男夫婦はまだ子供に手がかかるので、顔を見せるだけで精いっぱいだと分かっている。気持ちだけで充分だ。
「おばあちゃん、おめでとう!」
すごく元気な二人の孫達の声に、
「おめでとう。良く来てくれたわ。さあ、部屋にあがって、おばあちゃんの作ったおせちを頂きましょう」
と、言って孫達の顔を見た。どちらも生き生きとした可愛らしさで、またこちらも元気をもらった。
「お義母さん、おめでとうございます。いつもお手伝いができなくてすみません。今年も宜しくお願いします」
お嫁さんが一番後から部屋に入ってきた。
「いいのよ。あなたは子供のことで、今一番忙しい時期だし、こうして皆で来てくれることがとても嬉しいのよ。何も気を遣わなくても大丈夫よ」
「はあ、お母さんも何時もお忙しいのに、ありがとうございます」
と、言ってさりげなく、真っ赤なコーヒーショップの福袋をくれた。
「まあ、有難う。どこのメーカーの珈琲なの?」
丁度、長男がそばにいたので福袋を見せた。
「へえー。珍しい喫茶店やなあ。「タリーズジップス」 と書いてあるよ。ブラジルコーヒーかな?」
「ええ、今、とても流行っているコーヒーショップなんですよ。チケットも入っているので、ぜひ一度お店で試飲してみて下さいね」
我が家はお嫁さんの新しい情報に、いつも驚かされている。また何かにつけ、サラッと気を配ってくれるので助かっている。私は珈琲よりも赤色の袋が気に入り、使い道が楽しみだった。その時、
「おばあちゃん、今年もトランプをして遊ぼうよ」
と、上の小学四年生の男の子が言った。
「じゃあ、食事がすんだら皆で遊ぼうね」
実はお正月にトランプ遊びをするのが一番の楽しみだった。去年まではお嫁さんに教えてもらった 「大富豪」 というものだった。今年は通称 「カブ」 というゲームをして、大いに楽しんだ。いつもトランプをする時は、大人げないが真剣勝負に徹している。しかしながら、結果は半々で終わっている。
もう近い将来、二人の孫達にかなわなくなるかもいが、決して勝負は諦めないで頑張ることに決めている。来年も皆でトランプ遊びをして、楽しく過ごせれば最高の幸せだと思っている。
2020/01/13 #97
スーパー・コストコを見学
先日、家族みんなで神戸市垂水区の 会員制スーパーマーケット 「コストコ」 へ、買い物に出かけた。この広い敷地に建つスーパー 「コストコ」 ができて、もう八年位になる。アメリカから日本に進出した、大型の会員制スーパーマーケットである。日本で最初に出来たのは福岡県らしい。現在全国二十五箇所で展開営業している。特に若い世代に、絶大な人気があるみたいで、土、日曜日、祭日は混雑している。
息子達に連れられて、初めて入店した時の感想は、アメリカからの出店なので、何かにつけ規模が非常に大きいことだ。天井が非常に高くて、全体の売り場面積も広い。いろいろな雑貨の商品が山積みされ、まるで外国の倉庫を見学しているように感じた。
大きめの買い物用カートを押して、通路をあちらこちらと歩いたが、ふと目をやるとテレビなどの電化製品、スポーツ用品、ジュエリー類が並んでいた。
「わあ、こんなものまで扱っているのね」
と、驚かされた。
食料品に限っては、見るものすべてが国内品とは違い、一パックあたりの量がすごく多いのに驚かされた。小家族の私には野菜や果物類など、すぐに消費できそうにないので買い渋った。その時、美味しそうな大きめのキーウィフルーツを見たが、一パックに十二個位入っていた。買いたかったが食べきれない! 思案していると、次男のお嫁さんが、
「お義母さん、良かったら半分ずつ分けて買いましょう。私もそうしてもらえたら助かりますわ」
と、気を遣ってくれたので、他に何品か買うことができ良かった。
「なるほど、少し頭を使えば欲しいものが買えて便利ね。今後も 「コストコ」 へ行く機会があれば誘ってね。珍しい商品や新しいものに出会えて、本当に楽しかったわ。有難うね」
店内には軽食や試食コーナーがあり、時間が経つのを忘れるほどだ。お嫁さんの話では、若い世代の中には、グルーフや近所の人達と協同購入する方法を考えて、上手く利用しているらしい。
当時はこんなへんぴな土地の開発を、不思議に思っていた。工事から二年位経った頃、道路沿いにすごくでっかい建物が現れた。いったい何の建物だろう?
誰かに聞いても、あやふやな答えばかりだった。しばらくして、近くに広い駐車場が完成しているのが見えた。だんだんと大きなスーパーらしき形が現れ、
「コストコ」 の看板が完成、開店したのだ。
その後 「コストコ」 の二階には、車のタイヤコーナーがあることに気がついた。外の窓から覗くと、国産車のタイヤ交換もできることが分かった。
長男とタイヤコーナーに入っていると、後から次男夫婦がやって来た。
「どうしたの? 僕たちもタイヤが古くなり 「コストコ」 で初めてタイヤ交換をしたけれど、とても割安で親切だったよ!」
お嫁さんの話では、「コストコ」 でタイヤ交換をすると特典が一杯あり、是非お勧めしたいと言った。その話を聞いたので、すぐに店員さんに尋ねた。
「今日までセール中なので、タイヤを購入すると八千円分の 「コストコ」 の買物券をもらえますよ」
と、良い情報を耳にした。
「じゃあ、ここに決めよう!」
と、いうことで喜んでタイヤ交換を依頼した。今も車の調子は良いので安心している。
ただ、「コストコ」 で買い物するためには、専用のカードが必要となる。要は会員にならないと入れない仕組みになっている。年会費は必要だが、その分は何かと重宝であり、上手く買物すれば損はないと思っている。
私は年に四回位、息子達に誘われて 「コストコ」で買物を楽しんでいるが、まだ会員ではない。
そろそろ、会員になり自由に買物をしたいと思っている。
2020/01/05 #96
小さな集いの楽しみ
今年一年間はコロナの影響で、住んでいる地域の催し物が激減となった。盆踊りを初め小さな趣味の活動は、ほとんど中止された。当然のこと他府県でも同様の状態が選択された。その結果、大人も子供も一般人は、辛抱強く家で過ごす時間が長くなった。
もちろんのこと、私的なお稽古ごとも休止になったり、自身で辞めたりする人もあったと思う。
そんな情勢の中、コロナが少し治まった時点で、たまたま地域の活動が、一部だけ再開されることになった。
不安と喜びが混じる中、少しだけの開放感を味わいたいと、健康体操の会に出かけた。久しぶりに会う顔ぶれは、懐かしささえ感じた。
厳重注意の意識の中での再開であった。
「やあ、お久しぶりですね。お互いに元気で何よりね」
それから五カ月が過ぎ、師走を迎えた。
「今年はコロナで大変だったけれど、今日も全員が参加できたみたいよ。皆が元気そうで本当に良かったわ。いつまでお稽古が続けられるか分からないけれど、とにかく手洗い、マスク、三密に注意して体を動かしましょう」
平均年齢七十歳の体操教室で、いつも楽しい時間を過ごしているのだ。ほとんどの人が四十年近く、今日までお稽古に励んできた。そのかいもあってか、皆とても健康で明るい。
先日、今年のお稽古が終わった日、偶然に帰り道であった数人で、久しぶりに近くのファミリーレストラン 「ロイヤルホスト」 へ行った。このレストランのランチは値段もリーズナブルで、メニューも豊富である。店員さんの対応も非常に親切で気持ちが良い。
コロナ以前から店内も清潔で、最近は特にコロナ対策を徹底的にしている。この近辺では安心して利用できるお店だと思う。マスコミによると飲食関係の経営が、悪化していると聞いている。外食産業が苦戦しているが、本当に残念に思う。
もう一軒お薦めの、お食事と喫茶のお店がある。二年位前に開店した 「コナズコーヒー」 である。入り口付近にヤシの木や、ハワイを連想させる草花を飾り付け、とにかく洒落た建物だ。
この店が開店するまでの間、なんの業種だろうと思っていた。まさか喫茶店だとは、想像できない変った建物だった。しかしながら、開店同時位に入ってみて驚いた。外国のお店に来たような錯覚を覚えた。
とにかく今までにない雰囲気の店で、面白い印象を持った。何度でも行ってみたくなるが、いつも駐車場が満車みたいで、なかなか利用できなかった。
先日、孫がこの店に行きたいと言ったので、久しぶりに行くことにした。午前中なら空いている可能性があると思い、先に私達が家を出た。予約ができない店なので、駐車場を確保するために、ある 「おまじない」 をしてみようと思った。今までに駐車で困った時に、効果てきめんだった言葉。
「ついてる、ついてる」 は、有名な斎藤一人さんの 教えである。今日も 「ついてる、ついてる」 を、二回唱えた。すると、どうだろう。満車だったのに二台分だけ、偶然にも空いたのだった。信じるものは強い…。
「わあ、車が止められて良かったわ。孫達も早く来たら一緒の席が取れるのになあ」
半分諦めかけていた矢先、次男の車が駐車場に来て運よく止められた。私達のすぐ後に三台ほど並んだが、どうもしばらくは駐車できない状態になった。
時折、 「コナズコーヒーショップ」 の近くを通るが、とても人気がある喫茶店だと思う。
「義母さんこんにちは、早く席に着けそうで良かったですね」
マスク姿のお嫁さんが、孫を連れて中に入ってきた。
「ゆったりとした席が空いていて、「三密」 は避けられそうね。独身の頃に一度ハワイに行ったのですが、ここのお料理を見て思い出しましたわ」
私はハワイに行ったことがないので、メニューを見ても全然見当がつかなかった。どのページを見てもどれもとても美味しそうだった。
「じゃあ、どのお料理が美味しいのか教えてね」
お嫁さんはメニューから、何点か選んで注文してくれた。皆でハワイ気分を味わって、小さな幸せを楽しんだ。
どの店も何とか早く元通りに、回復してくれることを願っている。
2020/12/24 #95
師走に人気の葉牡丹
近畿地方も御多分に漏れず、十二月中旬頃から急に寒くなった。冬の陣の到来である。北風が冷たいこの時期になると、いつも 「葉牡丹」 が、恋しくなりランターを準備するのが恒例になっている。
二年位前までは 「葉牡丹」 を、買うため少し遠くの園芸店まで足を延ばしていた。ついでに来春用の球根類や、草花の苗などを買っていた。
一昨年のある日、年末の買い物があったので、近くのショッピングモールに行った。例年はとても混雑する時期なので、このスーパーを避けていたが、電器店で電池を買う必要があり店に入った。
入り口のドアを開けた瞬間、すごく綺麗な大量の 「葉牡丹」 が、積み込まれているのが見えた。よく見ると他の花類の苗も、沢山並べられていた。
「エエッツ、何の催しだろう?」
売り場で学生らしい女の子が数人楽しそうに、お喋りをしていたので、
「今日は何か珍しい催し物でもあるのですか?」
と、一人に尋ねた。
「はい、今日から二日間学校で育てた 「葉牡丹」
を売るのです。良かったら見ていって下さいね。今年も一生懸命作ったので、とても綺麗に仕上がったと思います。 お一ついかがですか」
はつらつとした声に圧倒された。
「なるほど、すごく元気の良い 「葉牡丹」 ね。まるで皆さんみたいね」
と、言うと
「わあ、恥ずかしい! ワッハッツ」
と、こぼれんばかりの喜びようで、まわりの買い物客が驚いて振り返った。
「実はね、丁度今の時期、「葉牡丹」 を買おうと思っていた矢先だったのよ。いつもは他で買っていたのだけれど、良いのが見つかったので、ここで揃えようと思うのよ。まあ、どれもこれも見事に綺麗に育っているのが分かったわ。できることなら全部持って帰りたい気持ちだわ…。それに、こちらこそ元気な 「葉牡丹」 が見つかり助かったわ」
「わあ、本当ですか? 嬉しいわ! 有難うございます。数年前からこの店で販売させてもらっているので、来年もよろしくお願いしまーす」
どの子もとても愛そうがよくて印象が良かった。
また現代っ子らしくて、自分達が心をこめて育てた 「葉牡丹」 を、誇らしく宣伝をしているのが可愛いと思った。
「じゃあ、皆さんの大切な力作を買わせてもらうわね」
と言って、見本の一番長持ちしそうなものを選んだ。
それから後、毎年農業高校生が丹念に育てたという 「葉牡丹」 を買うことに決めた。久しぶりに若い人と、たわいもない会話をするのも楽しいと思った。
今年も師走になり絶対この店で 「葉牡丹」 を、買おうと事前に開催の日を聞いた。しかしながら、「葉牡丹」 は、実施するのだが、残念がらコロナの影響で、農業高校の生徒たちは参加できないことが分かった。
きっと、生徒たちは腕を振るって育てた 「葉牡丹」が、販売できずに悔しがっていることだろう…。皆、本当に残念がっていると思うと、切ない淋しい気持ちになった。あのはつらつとした声が聞けないのは残念だった。
そう思いながらショッピングモールピングに行った。なんと売り場には、生徒達が育てた 「葉牡丹」 が少しだが並べられていた。ああ、良かった! それだけが、せめてもの救いだった。
今年の 「葉牡丹」 も、とても綺麗だったよ! 皆よく頑張ってくれて本当にありがとう。
早く、コロナが終息して、きっと来年は皆さんと逢えるのを待っているわね…。
2020/12/19 #94
神戸・三宮の街 大改造が延期
先日、購読している新聞で、「三宮周辺の整備事業が、一旦延期」 になるという記事を読んだ。近い将来、街全体が大きく劇的に変ると期待したのに残念に思った。
今年一年は何と言ってもコロナ問題で、世界全体の経済の先行きが不透明になってしまった。それ以降も、ますます海外の景気が悪くなった。
思い起こせば三年位前に 「三宮周辺の構造改革」 と、いうような記事があった。その時、私は驚く共に、新しい時代の到来を単純に喜んだ。
自分達の身近な街が、もっと美しくかつ近代的に変わるという夢が膨らんだ…。 ひょっとすると第二の東京のような街に、変貌できるのだろうか? 本当のところ衝撃的な嬉しいニュースであった。
何回も新聞記事を眺め、十年後の三ノ宮の街を想像するだけで、正直ワクワクした。夢の懸け橋と呼ばれた「明石海峡大橋」 の時のように…。
あの大事業も橋の着工まで、二十年という長い時間を費やしたらしい。そして着工後、見事に橋は完成した。四国と近畿圏への利便性が功を奏し、莫大な経済効果がもたらされた。
さて、今度の三宮の都市再開発はどういった効果がもたらされるのだろう?
二十五年前の大震災で受けた被害が、ようやく復興したものの、人口は減り続けている。近代的なビルの建設や、三ノ宮駅周辺だけを整備するだけで、人が多く集まるのだろうか?
三年前のある時、エッセイ教室仲間のUさん達と、お茶会をした帰り道だった。
「いよいよこの見慣れた三ノ宮近辺のビルの灯も、少しずつ消えていき、何だか名残り惜しいなあ。そして十年位経ったら、きっと昔の景観など忘れ去られているだろうなあ」
と、言ったことがあった。
「まあ、どのように変化してゆくのか、よく分からないですが、時代の流れは止められないですものね」
私はそう答えたが事実だと思った。
「街が綺麗になるのは嬉しいわ。でも昔の三ノ宮界隈を愛した人には複雑な気持ちかもね」
と、Uさんの顔を見た。
「ウーン、そりゃ淋しくなるねえ。このビルも数年後になくなるだろうし、面影も消える。今のうちにしっかり見ておいた方がいいよ」
そういえば現在、工事から三年が経ち、あちらこちらのビルが解体され、新しいビルが何棟か見えだした。
ある日、息子が三ノ宮駅まで行くというので、車に便乗させてもらった。わざと地道を走り、神戸駅、元町、三ノ宮駅までの街をじっくり車窓から眺めることにした。大好きな神戸の街を、少しでも多く記憶に留めておきたいと思ったからだ。
それから何度か街を往復した。しかしながら、以前と同じイメージの風景しか映らない。もう三年も経とうというのに全く街が変わっていないように感じる。何か嬉しくもあり、淋しくもあり不思議な気持ちだった。
大阪の駅前は、あれだけ激変したのに神戸は相変わらず変わらないなあ。
でも、山と海に囲まれた異国情緒あふれる港町はそれでいて、とても魅力的なのだが。
さて、神戸の玄関口であるJR三ノ宮駅ビルの跡地は更地になっていてポカンと穴が空いたままだ。当面は広場としてイベントなどに開放されるようだが、再開発の目玉だった建物が延期になるのは誤算だったに違いない。
一方で、阪急神戸三宮駅前のビルは完成し、唯一その姿を誇っているように見える。
今日も年末の日曜日だというのに、コロナの影響か行き交う人達の表情は難く、足早で通り過ぎてゆくばかり…。
三ノ宮駅前の更地を囲む工事用フェンスには将来に誕生するであろう三宮の未来絵図が描かれている。
ともかく今思うことは、神戸の街全体が明るい快活な日常に戻ってほしいと願うばかりである。
2020/12/16 #93
自分の健康は自分で守りたい
十二月第一週目の体操教室に通うため、いつもの市バスに乗った。朝起きた時は結構寒かったが、終点のバス停近くになると、太陽の光が眩しくなり、車内の窓際は随分暖かくなった。その間、街並みの景色は飽きることがない。閑静な住宅街やマンションは、朝日を浴びて一日の営みを待ちわびているかのようだ。
ここ十年近くで、コーヒーショップやグルメのお店が、随分と多くなったことに驚いている。
バスを降りて少し歩くと、スーパーの買い物客や、たまに赤ちゃんずれの若いお母さんに出会うこともある。乳母車の赤ちゃんは勿論マスクはしていなかった。赤ちゃんは免疫が高いのだろうか? ふと昔を思い出し、少し若返ったような錯覚を覚えた。
あの頃はコロナなどなかったので、子供達と無防備で買い物などに行ったものだ。良い時代だったなあ…。昨今はどんな場所でも、外出の時は必ずマスク姿で過ごすことが、通常になってしまった。そのため人々の表情は分かりにくく、誰なのか区別がつかない。
時折つい見間違うことがあり、反対に向こうから声をかけられたりもする。ああ、全く恥ずかしい。
そんなことを考えているうちに、体操教室に着いた。教室が開くまでの数分間、体操仲間と雑談するのが楽しみになっている。教室のすぐ前に三本の真っ赤に紅葉した 「楓」 が植えられている。手前から一本ずつ美しく紅葉していく様は、長く私達を和ませてくれた。今は枯れ葉ばかりになり、その美しかった思い出だけが、脳裏に焼き付いている。
その 「楓」 の木の後ろ辺りに、五人位が見えたので手を振った。
「おはようございます。とうとう今年も師走になってしまったわね。特にコロナ禍の影響で、随分と一年が早く過ぎたように感じるわね。そう思わない?」
と、向こうから先に声をかけてくれた。
「そうそう気がつけば、あっという間に十二月になってしまい、慌ててしまったわ。それにつけてもコロナの終息もワクチンも、今後どうなるのか分からないので怖いわね。このまま来年もまだまだコロナが続きそうで、嫌になってしまうわね」
「いつコロナに感染するのか、誰でも不安よね。万が一感染しても、軽く済むように体を鍛えなくてはいけないわね。健康は自分で守らないとね」
おおかたの人が頷いていた。
「今月も皆で体操活動ができて良かったわね。健康維持のため、さあ頑張りましょう!
そのうちにメンバーの人が揃ったので教室に入り、全員で床の拭き掃除をした。体操中もコロナの影響でマスクは欠かせない。
「マスクを付けて運動すると、とてもしんどいわ。外しても良いかしら?」
すぐ横の人が、ふいに言ったので、
「そんなに辛かったら、マスクを外した方が良いと思うわ。お喋りの時は絶対に付けてね」
と言ったが、周りの人は皆マスクをしていた。この教室はとても広く、窓が多く換気は充分できているので、何人かは安心して時々マスクを外す癖があった。しかしながら、今日はよく見ると大方の人は、帰るまでマスク姿を続けていたので、私は慌ててマスクをし直した。
帰宅後に親しい友人から電話があった。
「もしもし、楽しみにしていた会食の件のことなのよ。最近のニュースを見ると、コロナが酷くなっているらしくて、やっぱり辞めた方が良いと思うの。あなたはどう思う?」
「実はね、私も今朝になって考えたのだけれど、しばらくはお互いに、会食は控えた方が良いと考えていたのよ。健康は自分で守らないとね」
ということで、本当に残念だったが、お互いにコロナを恨めしく思いながら、納得の上で中止をすることにした。一年ぶりに友人に会えるのを楽しみにしていたが、この時期は延期するのが得策だろう。
昨日、もう一人の友人に三カ月ぶりに安否の電話をかけた。ずーっと健康だと思い込んでいたのだが、その友人からの思いがけない言葉に、肝を冷やしたのだ。七十歳の誕生日を迎えたとたんに、第六感というか身体に異常を感じ、念のために病院へ足を運んだ。その時 「脳こうそく」 が発見され、即検査入院を迫られたらしいのだ。
結局のところ発見が早やく、功を奏したのだった。日を追って症状もだんだん収まり、一週間位で退院できたそうだ。
「まあ、大事にならなくて本当に良かったわね。元気でいてね」
と、言ったものの電話を持つ手が、震えて止まらなかった。自分はいつまでも健康でいられると過信していたが、そう単純な問題ではないことが分かった。
何事も 「今日は人の身、明日は我が身」 なんだ。
「健康は自分で守らないといけない」 と思ったが、なかなか自分一人で守れる簡単なものではない。
そこで明日から、できるだけ病気の早期発見、早期治療を心掛けようと強く思った。
2020/12/10 #92
新しい美容室とカラオケ店を見つけた
歌を習い始めてから、もう二十四年が過ぎた。「光陰矢の如し」 年月が流れるのは早いものだ。お稽古ごとも続けている最中は、無我夢中で頑張ってきた。
結婚後、働きながら合間を見て体操教室に二十年、社交ダンス十年、他いろいろのお稽古を重ねてきた。まあ半分はお遊びみたいなものだろうが、その間は一生懸命だったと思う。
「形あるものも無いものも、いつか消滅の道をたどる。 そしてまた新しいものが芽生えてくる」
それが分かっていたのか、いなかったのか定かではないが…。時代の流れや、自分の周りの人の変化など、常に日々目まぐるしく動いているのだ。何でも終息が来ることを、意識しないでいたかもしれない。
ある日、その時がやってきた。長い間、お世話になったカラオケ店が、急に閉店すると告げられた。今に時期でも、当分の間はお店を続けると思っていたのだが、予想に反して閉店が早くなった。
最近のコロナ禍の影響や、いろんな諸事情で閉店を決断されたのだろうか? 生徒たちは本当に残念がっていた。
思い起こせば、そのお店で二十年程、先生に歌謡曲や演歌などを教えてもらった。歌を習いながら仲間との楽しい思い出が、沢山作られていった。歌を覚えるだけでなく、沢山の勉強と充実した楽しい時間を過ごさせてもらった。先生ご夫婦や皆にも感謝の念で一杯だ。
結局のところ、これを機に自分は趣味の歌を諦めてしまうのだろうか? そんな悶々とした気持ちを、歌の仲間と話した。皆同じような悩みを抱えていたが、お互いに自分一人ではないことが分かると、少し元気が出たみたいだった。
ある日、気分転換のため新しい美容院に行ってみようと思った。なぜか女性は髪を切ると、不思議に過去に別れを告げられる。たいがいの悩みは吹っ切れそうに思う。まさしく嘘みたいな話だが気分爽快になれる。これしきで元気になれるのだから、幸せな人種かも…。
「ごめんください!」
私は躊躇することなく、初めての美容室の門をノックした。
「ハーイ、いらっしゃいませ。中にどうぞ。良かったら椅子にお掛け下さいませ」
可愛らしさの感じられるお店であった。中に入ると先生らしき中年の女性と、若い美容師さんの二人が、愛想よく迎えてくれた。
「こんにちは、初めまして。素敵なお店ですね。実は私の通っている体操教室の先生に、以前お聞きしたことがありお伺いしたのです。今日はよろしくお願いします」
「まあ、お教室の生徒さんでしたのね。それは良かったです。あの方は先日お越し下さったのよ。さあ、お座りください」
とお互いに挨拶を交わし、案内にされた椅子に座った。
「今日はどのような髪形にされますか?」
「はい、時間があまりないのでマニキュアだけにします」
本当はパーマをしたかったが、これ以上髪の毛が短くなるのは、少し抵抗があったのだ。三カ月前に夏の暑さに耐え切れず、思い切ってバッサリとショートカットにしたことがあった。
その時、鏡に映ったイメージチェンジヘアは良かった。しかしながら、二カ月も経つと余計に老けた感じになってしまった。その後、ショートカットの場合は、毎月美容院通いを余儀なくされると分かった。素敵なヘアスタイルを維持するのは、自分には無理がありそうだ。やっぱり今まで通りのセミロングにすべきだと思った…。
「ところで、このお近くでカラオケ店があれば、教えて頂けますか?」
「お薦めのお店があるので、良かったらご紹介しますよ。私もよく利用しているのよ」
と、カラオケ店の場所を教えてくれた。
早速、次の日行ってみた。結構広くて清潔感があり、とても綺麗なお店だった。歌ってみて感じたことは、マイクと音響効果が最高に良い。オーナーの妹さんという方も、親切で明るい人だった。最近はコロナ禍のせいで、お客さんの数が少なくて沢山歌えますよと教えてくれた。私にとって、この時期は安心して歌えるのが一番なので、良いお店が見つかって良かった。久しぶりに楽しい一日を過ごした。
2020/12/04 #91