小松弘子のブログ

やさしいエッセー

さくらの思い出

 季節は春。年中で一番好きな季節を迎えた。今年のお花見は行けなくて残念だったが、昨年は何カ所か桜を見て堪能した思い出があった。最近は近くの公園の桜を見ながら、時々ため息をついている。

 昨年は近畿地方で有名な夙川に三人で行った。近場なので高速を使わずに、のんびりと地道を走ることにした。その日は車窓から見る山々は緑が美しく、太陽に輝く木の葉が眩しかった。

神戸市灘区にある 『桜のトンネル』 と、呼ばれている通りを探した。ここは桜の並木がトンネルになっていて。すごく人気があるので一度行ってみたかった場所である。

 どんな通りだろうと期待していたが、なかなか見つからなかったので、つい私が息子に言った。

「時間的にもう、そろそろ 『桜のトンネル』 に、着いてもよい頃やね」

「ウーン、そうやなあ。ナビで見ると、どうもこの先らしいけれど…」 

あーあー、早く桜を見たい。桜はどこに…。

その時だった。

「あっ、あの道の角に人が沢山いるので、多分あそこだ」

息子の声に一瞬にして、 

「えっ、見つかったの? 本当に良かったわ!」

いよいよ桜を見られると思うと、急に元気が湧いてきた。

待望の 『桜のトンネル』 は、右折してすぐに現れた。満開に近い桜が左右にトンネルをかたどっていた。

「わあ、すごく綺麗に咲いているわ!」

 初めて見る 『桜のトンネル』 は、ものすごく長いと思った。四百メートルの坂道沿いに、約七十本のソメイヨシノの並木道があった。狭い通りに、三十人位の見物人が、思い思いにカメラのシャッタ―をきっていた。中には両側の道に数人がはいつくばって、写真を撮っていた。

「でもね、ゆっくり走っているので、桜を充分に見られて良かったね」

 車窓から南前方を見渡すと、遠くに六甲アイランドが臨めた。私はこの時も、来年の桜は見られるのだろうかと、毎年同じことを考えている。年のせいかもしれないが、なぜか桜の季節だけ感じる癖がある。

 この時は車に乗ったままの桜見物だったので残念に思った。今年もとうとう実現できなかった。

 その日は時間が許す限り、あちらこちらの桜を見ることにした。 『桜のトンネル』 を過ぎて、東灘区から芦屋市、西宮市へと入り、苦楽園駅周辺に十二時頃着いた。ドアを開けると思ったより風があり、少し寒かったので意外だった。

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 今の時期を逃すと、もう桜を何度も鑑賞できないかもしれないと、コートを着て歩くことにした。寒さは残るが日差しは明るい。一歩出て胸一杯、空気を吸ってみた。爽やかな春の訪れを感じた。やはり一輪でも好きな桜の花を見ると、ますます、春になったなあと思わずにはいられなかった。春は桜から感じる。日本人は昔から桜が大好きな人が多い。

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夙川公園

 どれくらい咲いているかを確かめようと、少し歩いてみた。所々に若い樹が植えられていたが、それらはピンク色が濃いものだった。五分咲きの何本かの古い桜は、年々花びらの色が白っぽくなっていると感じた。

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 確かソメイヨシノの多くは、元の種から成長した樹が少ないと言われている。桜の枝を株分けして増やしているので、その場合は約百年で枯れてゆくらしい。悔しいけれど、桜の季節が過ぎると、花は容赦なく散ってゆく。風に吹かれ花吹雪を見るのも美しい。花びらが散ってゆくから、人は情緒を感じるのだろう。

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 そんなことを考えて五分位経っていただろうか?

「もうお昼をとっくに過ぎたけれど、どうするの?」

 息子達の声に、ふと我に返った。

「ごめんね。お腹もすいたことだし、お昼にしましょう。そうそう、以前に食べたいと言っていた、おそば屋さん 『大正庵』 が、良いわね。そこにしましょう」

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大正庵(阪急苦楽園口駅前)

 この店は地元の名店で、今も人気があると聞いていた。店の窓越にソメイヨシノを、愛でることができるらしい。眺めが良い場所にあり、お昼になると店が一杯になる。急いで私達も入店した。運よく空席が見つかり、店のお薦めのそば定食を注文した。値段もお手頃で、なかなか美味しいと思った。来年もここに来たら、このお店にしようかな。

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お店の中から夙川公園の桜を愛でることが出来る

 早々に店を出たが、このまま家路に着くのは惜しいので、西宮市にある関学を通り、甲東園の 「学園花通り」 に行ってみようと思いついた。この付近は、神戸市に引っ越すまで、時々眺めた懐かしい地域だった。自転車に子供を二人乗せて、良く買い物に行ったりした道だった。けれども見慣れた街並みは、すっかり消えていた。新興住宅の増設で、見違えるような街並みが続き、少し寂しいと思った。しかしながら、よく観ればところどころには、昔のままの風景が残っていた。

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学園花通り(西宮市甲東園)奥には関西学院大学上ヶ原キャンパスと甲山

 あれから三十年以上経った街の木々は大きくなっていた。特に駅の付近は懐かしいと感じた。道中、桜は方々に沢山植えられ、風光明媚な街並みが整備されていた。

 昔のままの 『さくら』 は、一本もないように思った。来年こそは桜を見飽きるまで見たいものだ。