小松弘子のブログ

やさしいエッセー

龍神温泉をめざして㈠

 もうすぐ梅雨に入りそうな時期なのに、今朝もまだ青空が広がっていた。こんなにも良い天気だと家に居るのがもったいない。今日、できれば入梅の前に和歌山県紀の川方面へ行きたいと思った。というのも、このあいだ三回目の四国八十ハ所巡りが終わり、総本山である高野山参りを済ませなければならなかったからである。また秘湯と言われる龍神温泉にも、ぜひ足を延ばしたいと考えていた。

f:id:komatsuhiroko:20200209201923j:plain

龍神温泉

f:id:komatsuhiroko:20200209202533j:plain

和歌山県にある龍神温泉は、神戸市から一六〇キロ以上離れている。到着するまで四時間以上かかる。和歌山県の中でも特に山深い秘境の地にあり、日本昔話にも登場するくらい歴史が古い。

朝からそんなことを考えていたが、朝食が終わるや否や、私は息子に言った。

「あのー。今から和歌山県龍神温泉に行きたいのだけれど……。連れていってくれないかしら」

「えっえー、今から高野山だけじゃなく龍神温泉まで行くの? 高野山は今回の四国参りの最後のお参りだから仕方ないけれど、龍神温泉までは遠すぎるよ!」

 息子はあきれ顔で、私の顔を見た。

「実はね、昨日一日中雑草取りとか、木の枝を切ったりしたのよ。そうしたら夜中から腕と肩がとても痛くなってね。痛みが軽いうちに治さないと困るしね……」

「やっぱり無茶したんやな。来週の休みに僕が手伝おうと思っていたのに。もう年なのだから無理は禁物だよ」

「植木屋さんに頼むほどでもないし、節約しないとね」

 もっともらしい言い訳を並べたが、息子は取り合わなかった。

龍神温泉まで遠いので、運転が大変なことは承知だ。が今チャンスを逃したら、楽しみにしている明日の体操教室に行けなくなるのが残念だった。果たして温泉に行くだけで治らないかもしれないが……。

思案顔の息子が言った。

「ウーン、まあ疲れるけれど仕方がないな。高野山から龍神温泉まで行くよ」

 その息子の一声で、私は有難かった。

「有難う。本当に助かったわ。今年初めての龍神温泉行きになるわね」

 さっそく友人のOさんに連絡すると、気持ちよく引き受けてくれたので、三人で自宅を出発した。

 名神高速湾岸線を利用し、泉南方面を抜け和歌山道に入った。和歌山県はまだ自然の景色が守られている。うっそうと茂った山が多く、渓谷に流れる川の水が澄んで美しかった。山の標高は約八百メートルとあまり高くないが、緑一色の景色が続いていた。

 私は山の空気を味わいたいと、車の窓を少し開けた。山々の爽やかな風と共に、緑の香りがサーと入ってきた。何とも言えない良い香りだった。瞬間に夏の暑さが不思議に涼しく感じられ、いつの間にか肩の痛みを忘れていた。

和歌山市に入って一時間くらい走ると、新しくできた高速道路沿いの「かつらぎ西」インターチェンジに着いた。「かつらぎ西」から少し南に行くと、いつも立ち寄る「道の駅」に出る。ご当地の自慢の野菜や果物が豊富に並べられ、観光客で賑わっていた。私達もここで休憩をとった。

f:id:komatsuhiroko:20200209143541j:plain

道の駅 紀ノ川万葉の里(和歌山県

この「道の駅」のそばを流れる川こそが、和歌山県を代表する「紀の川」である。ゆったりと東西に流れる紀の川雄大で、最後は大阪湾にそそぐ一級河川だ。小説や歌の中にも多く登場していると聞く。その紀の川沿いには、遠くの高野山が眺められる絶景が広がる。公園には長い運転で疲れた体と心をいたわるかのように、季節の花が植えられて、ほっと一息させられる。

f:id:komatsuhiroko:20200209143957j:plain

紀ノ川(和歌山県

f:id:komatsuhiroko:20200209144604j:plain

道の駅 ごまさんスカイタワーからの眺め(高野龍神スカイライン


「道の駅」で季節のモモなどの買い物を終えてから、高野山奥の院へ向かった。途中の道路はくねくねとカーブの連続だ。頂上近くになると、ヒヤッと空気が冷たくなった。標高は七百メートルを超えているので、温度は三度くらい低かった。

f:id:komatsuhiroko:20200209150528j:plain

高野山 奥の院

しばらく走っていると、「ビューン」、「ビューン」、ごう音と共に、オートバイ数台が追い抜いていった。対向車線からはカーブにさしかかるたびに、スピードをだしたままのオートバイとすれちがった。「危ない!」、私は幾度となく心の中で叫んだ。中にはスピードを楽しむためだけのオートバイも見かけた。ツーリングはどうもこの季節が一番多いらしい。

 ふと二年前の年末にこの辺りで、車や単車が雪でスリップして、横転していたのを思い出した。

「危ないよ。もっと慎重に運転して!」

わがもの顔に走る単車が憎らしくなった。いったいどんな人が運転しているのか? 以前に知人で単車の愛好家の話を聞いたことがあった。その人が言うには、「単車に乗っている間は、とても痛快で何もかも忘れるくらい楽しい」とも。

その気持ちは分からぬでもないが、事故に遭遇すると大変だ。今回も偶然に対向車線の乗用車に接触しているのを目撃した。お互いに怪我はなかったようだが、白い車のドア二枚が破損していた

やはりこの程度の事故は多そうだ。ご用心、ご用心。

 二十分位走ったのち標高の一番高いところで、休憩をとることにした。その時、窓から見覚えのある派手な色のオートバイが見えた。

「あれー、さっき追い抜いたオートバイだわ!」

 頂上付近の駐車場になん二十数台が、平然と停まっているではないか。私は休憩所に行く振りをして、運転手の顔をそっと見て歩いた。若者ばかりだと思っていたが、意外にも中年世代が多く、壮年以上らしき男性十人くらいがいるのには驚いた。皆楽しそうな表情で話に花を咲かせていた。

 普段はじっくりと大型の単車を見る機会がない。興味本位にゆっくり眺めることにした。どれもこれも原色の派手な模様が多かった。今まではいくら上等な単車でも、都会の中ではあまり気にしていなかった。しかしながら山の頂上で見ると、ひときわ人目を引いている。よく見ると、なかなかの良いデザインを施しているのが多い。愛好家と呼ばれるだけあって、どれも見事に手入れされて素晴らしい。

 息子に聞いたが、一台あたり二百万円くらいするものが多いらしい。ハーレーとかになると、五百万円以上だと知り、驚いた。

「オートバイがよほど好きなのだなー」

 この先、ともに事故のないことを祈りながら、高野山から龍神温泉に向かって車を走らせた。