小松弘子のブログ

やさしいエッセー

孫の新体操発表会

 私の家族には孫が二人。一人は男の子でもうすぐ小学三年生。もう一人が女の子で今春小学一年生になる。二人ともついこの間まで赤ちゃんだと思っていたが、いつの間にか大きくなった感がある。

次男一家は三年前に京都から神戸市に引っ越してきたのだ。同居ではないが、家が近いので月に一度は必ず顔を合わせている。その度に「神戸のおばあちゃん」と、だんだんと懐いてくれるようになったので嬉しい限りだ。いろいろな場面でその成長ぶりに驚かされる。

当たり前のことだが孫に限らず、どこの子供達も元気が良く生き生きと輝いて見える。子供時代は自分の将来や色んな夢を空想できるからだろう。大人は自分の先が見えているから何事も控えめで、あまり冒険をしない人が自然と多くなる。奇抜な考え方は自分を含め、だんだんと避けて通る癖がつく。その点子供は天真爛漫で物おじしないのが特徴だ。何でも思ったことをストレートに口に出す。

 孫達に何かを尋ねると、即座に面白い答えが返ってくる。例えば「なぞなぞ」とか、今、流行しているおもちゃの遊び方など。とても楽しいがこちらも、よーく頭を働かせないと、理解できない会話に悩まされる。それでも大人達は子供達に新鮮な話題を聞き、楽しい思いをさせてもらっているから本当は幸せだ。

先日、女の子の新体操の発表会があった。一月の寒い土曜日だった。私は隣の会場で開演するまでの間、座席の順番取りに並ばされた。一体いつまでこの寒いところで開演を待つのだろう。

 すぐに本番の会場に入れると思っていたので不満に思った。しかし周りを見渡しても誰も不平を言っていなかった。むしろ皆の顔は身内の発表会の期待で、微笑んでいるようにさえ見えた。

ずっと前方に次男夫婦と男の子の孫が、同じように観覧席の順番取りを待っているのが見えた。女の子はもっと早い時間から練習に来ていたのだろう。

私は身勝手な不満を恥じた。

お嫁さんの顔が見えたので、

「今日は発表会に呼んで頂き有難う。あなたも一緒によく頑張ったわね。子供の練習の送迎など、いろいろ大変だったわね。これからも応援しますよ。舞台の最後まで見させて頂くわね」

「お義母さん、長時間並んでもらってすみませんでした。やっと初めての発表会に出ることができて本当に嬉しいです。風邪がとても流行っているみたいで、今日の発表会に出席できない子供が何人かいたらしいの。可哀相に。とても残念だったでしょうに……」

 お嫁さんの優しい言葉を聞いた時、まるで我が子のように心から心配している。

 発表会を待ち続けて一時間後、いよいよ会場入りになった。階段を上りかけると、三歳位の子供や孫と同年代の子供や、他にもジュニア選手みたいな人が、どっと降りてきた。

どの子供達も今日の主役だ。髪型も衣装も普段とは全く違い、艶やかで物語のヒロインだった。女の子は小さくても、着るものによって心まで変われる。

 皆とても良い顔をしてほほえましい。ドアの隙間からハイ、ハイと子供達に指導をしている先生の大きな声が聞えた。ドア越しに孫がいないかどうか、遠くから覗いた。どの子供も同じ髪型で同じ衣装なので、孫を探し当てるのは無理だと思った。私が見つけられなかったら、出番の前に次男が教えてくれるだろう。

一階は広いアリーナで観覧席は二階だった。会場を見渡した時、私は三十五年位前、社交ダンス発表会で隣のグリーンアリーナ会場で踊ったことを思い出した。何となく参加者の嬉しさと不安の気持ちが分かるような気がした。

「お母さん、言っておくけど幼稚園の発表会の時のように、大きな声を出さないでよ。どの子が上手だとかも言わないでね」

 あーあー、またもや次男に注意された。せっかく良い思い出に浸っていたのに、夢を消され、ショックだった。

「分かっているわ。黙って見ているからして安心して」

 今までに大きな声を出してもいないのに……。ウキウキした心が沈んでしまった。その時次男が、

「お母さん、オープニングの次の曲目だからね。ほら、見て! 後ろから二番目に準備して座っているよ」

「ハイハイ、良く見えているわ。同じ衣装なので間違えそうね。でも大丈夫よ。あの子は背が高くてスマートだから、すぐわかるわ」

オープニングの後に同年代らしい女の子が十八人、恥ずかしそうに、しかし颯爽と広いフロアに出てきた。一斉に拍手がなった。どの子も晴れがましい顔で可愛らしい。着ているレオタードはブルーが基調で、とてもセンスが良かった。皆、上級者と同じように背筋を伸ばし、スタイルも良かった。先生方の苦労や力量が感じられた。

お嫁さんの話によると、新体操の会員数が近年増えているらしいとのことだ。プログラムで百八十人の参加を知った。将来のオリンピック出場を目指して、親も子も頑張っているのだろう。

演目の紹介が終わってから、孫達の踊る一曲目の「テール・スピン」という音楽が流れてきた。全員がフープを持ち、軽やかに力強く踊る。上手く揃っているではないか。

そういえば孫が家に来たとき、新体操の練習だと言って足を頭近くまで上げたり、エビのようなポーズをしているのを思い出した。

皆、リズム感が良く爽やかで気持ちが良かった。私は自分が踊っているみたいになった。さっきの息子の嫌な話は忘れていた。もしも、お嫁さんに同じ注意をされたら、サッサと家に帰っていただろうな……。お嫁さんは賢いから軽口は絶対に言わない。

孫はどこの位置で踊っているのだろうか、と思って探していたら、

「一番前の左から二番目にいるよ。分かったかな?」

 次男が教えてくれた。

 自分の孫くらいすぐに見つけられると思っていたのに……。あーあー、歳は取りたくないものだ。

 一曲目が終わって、下のフロアの端で孫達が記念写真を撮ってもらっていたのが見えた。この時、孫が見えたので思わず手を振った。偶然目が合い、にっこりと笑ってくれた。もっとも両親がすぐそばにいたので、そちらに手を振り笑ったのかもしれない。

 なんと言っても子供は誰でも自分の親が大好きだ。

今度家に来たら聞いてみようかな。やめておく方が正解かもね。

 次々にジュニアとシニア選手の個人競技や卒業選手の見事な演技へと進んでいった。私はまるでテレビの新体操世界大会を見ている気持になった。

 一直線に伸びた長い脚や素早い身体の動き、顔と手足の細かい表情など。決してオリンピックの選手に負けない演技も、二本位あったように思った。

決して簡単にできる体操ではない。人に見えないところで何年も何回も苦労して培われる技だ。また日々努力を重ねてきた上に、数人だけがこの道でやっと報われるのだ。本当に厳しい世界だと思う。

運が悪く怪我をして、泣く泣く引退せざるを得なかった人も大勢いたことだろう。それにも負けず頑張ってきた人が残れる。どの世界も同じだと思う。

発表会が午後一時から始まって三時間が経過した。四時になり素晴らしい会が終わった。

お嫁さんに挨拶をして、さあ家に帰ろうと横を見たが姿がなかった。

「今から新体操の本番が始まるので、すぐに座席の順番取りに行ったよ。五時から八時まで本番だからね」

「えっえー、今終わったのがリハーサルだったの」

私はあっけにとられた。