小松弘子のブログ

やさしいエッセー

健康食品とダイエット時代

「おはよう! 私、少しだけ痩せたと思わない!」

 いきなりの朝一番の挨拶に、目を丸くして相手を見た。体操教室の仲間の一人で、今ダイエットにはまっているA子さんだった。

「ああ、どうも。おはようございます」

 私は慌ててA子さんの顔を見てから、

「うーん、そうねえ。そういわれてみるとお腹の周りが、心なしかスマートになっているみたい」

「そうでしょう、わかってもらえて嬉しいわ。今度だけは成功できそうに思えるのよ。以前からいろいろなものに挑戦してきたけれど、今回のダイエット食品は食事がわりに併用できるの。それに顆粒なのでジュースや牛乳に混ぜて使うと、簡単で飲みやすい上に、栄養面でも優れているらしいの。一ヶ月前からテレビで評判の新しいタイプを試しているのよ」

 そうだったのか。彼女は健康食品とダイエット時代を先取りしていたのだ。皆に言わないで一カ月もコツコツと頑張っていたのだ。ぼーっと何もしない私は、少し先を越されたようでショックだった。

 ある日、息子と食事をしていた時に、私の分のご飯が少し足りなかったので、

「丁度いい機会だわ。もう一度だけダイエットに挑戦しようかな」

その言葉に息子曰く、

「アッハッハ、今さらダイエットする? ムリムリ、何の意味もないと思うけど」

 高齢者になってから痩せても決して美人には見えないし、今の世の中、災害や事故にいつ遭遇するとも限らない。体力がないと生き延びられないかもしれない。苦労するだけ損であるとも。きつい理屈だけれど一理ありだ。

そんなわけで、ダイエットに興味津々の感ありだが、健康食品やダイエット記事などの広告を傍観することにしていた。ところが、たまたま身近な彼女に、ダイエットで痩せた話を聞いて、ふと羨ましくなったのだ。

「趣味はダイエット、特技はリバウンドよ」

 彼女の名セリフを思い出し、全く同感だったので笑ってしまいそうになった。

 彼女の体重が平均値より数キログラム多いことは想像できた。年齢が三歳若いことも普段の会話の中で知っていた。

ただ目に見えて痩せたとは思えない彼女の体型に、今回のダイエットが合っているのかが心配だった。そういえば半年位前に他のダイエット方法を検討していたし、現在の年令になるまで三種類ぐらい実践してみたが、どれもこれも上手くいかずに諦めた話を聞いたことがある。

はてさて、念願のダイエットがいつまで続けられるか至難の業だ。私も若い頃には何度となく挑戦したが、全部失敗に終わるのがオチだった。いろんな宣伝文句に踊らされダイエットに失敗し、その度に失望した経験がある。

特に若い女性は今より少しでも体重が減ると手放しで喜ぶ。何がどうであれ、痩せると聞いただけでダイエットに走りたがる。自分を含め、たいした努力もしないで、痩せてモデルのように美しくなった姿を想像する癖がある。心理は十分わかるが、女の可愛い浅はかさというか、哀しさかもしれない。

最近おおかたのダイエットの方法に、間違いだらけのものが多くあり、危険性を含んでいると証明されたものもあるらしいので気を付けた方が良い。

私も何度かこんにゃくダイエットや食事制限をしたことがあった。三か月過ぎると体重が、やっと一キログラム減った。その間の様々な葛藤は想像を絶するものがある。好きなおやつを我慢したり、一日二回の食事制限したこともあった。毎日の散歩や運動も実践したが、宣伝文句のように効果が上がらなかったのだ。なかなか痩せないばかりか、体重計に乗って一喜一憂する苦悩の日が続いた。

私がダイエットに興味を持ったのは二十歳の頃だった。自己流でお米などの炭水化物を制限したが、結局はリバウンドして一回目は失敗に終わった。

それに懲りず三十年ほど前、ダイエットに再度挑戦したのには訳があった。

三十代後半の職場でのことだ。いつも仲良くしている同僚の女性社員がいた。ところがある日、彼女の顔が普段と違って暗かった。朝から機嫌が悪そうな様子で、私も少し距離をおいていた。彼女は働くこと自体が好きで、特に経理が得意だった。

当時は請求書を作るのにそろばんを多く使った。計算が苦手な私は良く手伝ってもらったこともある。彼女の家庭環境は良好だったが、姑とあまり馬が合わず時々私に愚痴をこぼしていた。

一般の主婦にとって仕事と家庭の両立は実際大変だ。いつも寝不足らしくお昼寝をしていた。少し痩せ気味で神経質なところがあった。私のように太りたいとも言っていた。

そんな彼女がある時、私に堰を切るように言った。

「おねえさん、ダイエットしているみたいだけど、そんな無駄な努力をしても、すぐにリバウンドして今以上に太るわよ」

「あなたがスマートだから羨ましいだけよ」

 と私は言いたかったが、やめた。

 またある時、彼女から辛口な言葉を聞いた。

「おねえさん、素敵な洋服を着ていても、お腹が出ていて似合わないわね。服で隠していても写真だとすぐに見破られるわよ」

また姑さんにいじめられたのだと感じた。若かった私は、その言葉が何年も頭に残り、傷ついた。

しかしながらよく考えてみると、全くその言葉通りかもしれない。誰でも食事制限した期間は間違いなく痩せる。しかし一年以上その方法を続けるのは無理だ。一度でも普通食を口にすると、たちまち元の体重になる。当然の結果がリバウンドにつながり、体重が以前以上に増えたりする。

またダイエットに夢中になると判断を誤って拒食状態になり、身体に異常が現れたりする。

私も半年間で体重が五キログラム減った時があった。いつも気にしていた、あのお腹のふくらみが嘘のように消えていた。

「わー、やっとダイエットに成功したわ。いろんな辛抱があったけれど、このまま理想の体重を維持していこう」

 痩せたのが嬉しくて、ダイエットを一生続ける決心をしたものだ。

ところがある日、行きつけの美容院で、

「以前より髪の毛が少なくなったわね。何か変わったことがあったの? もしかしてダイエットしているの?」

 その言葉が図星だったので、

「先生、今度こそは痩せたかったので、つい……」

 私は正直に今までのなりゆきと本音を言った。

「ダイエットで髪の毛が減ってしまうなんて……。本当に怖いわねえ。無理なダイエットは危険よ」

 家に帰り、鏡の前に立った。顔のつやがない。この時に初めて、ダイエットを止めなければ大変なことになってしまうと本気で思った。四十二歳の頃だった。すぐにダイエット食品を破棄した。

以前の体調に戻すのに二年間かかった。ちなみにこの時の体重は平均値の四十五キログラム台だったのだ。今思えば何も太っていなかったのに……。あーあー、今の体重は恐ろしくて言えない。

痩せるために色々なものに挑戦したが、結局のところ、数年間ダイエットに振り回された。無駄な時間と費用をかけただけだったと反省している。彼女のダイエットの成功を祈っているが、もしも体重が五キロ以上減らないと、次のダイエットを試すのだろうか?

「趣味はダイエット、特技はリバウンド」

 いつも冗談のように言っている彼女の口癖が、嘘でありますように……。

彼女に限らず大抵の女性は、健康食品とダイエットが大好きである。

今度会ったら、私のダイエットの苦い体験談を聞いてもらおうかな……。